弁護士 冨田 昂志
奈良弁護士会所属
この記事の執筆者:弁護士 冨田 昂志
裁判所職員として多くの裁判手続に携わる。 国内大手IT企業の社内弁護士として誹謗中傷などの権利侵害に対応し、裁判案件については100件以上を担当。 情報流通プラットフォーム対処法(プロバイダ責任制限法)の法改正対応にも関わる。
発信者情報開示請求とは(法的根拠・採られる手段)
インターネット上の匿名表現は、表現の自由を確保する一方で、他者の名誉やプライバシーを侵害する危険も内包しています。こうした場合に、被害者が加害者を特定し、損害賠償や差止請求といった法的措置を取るために利用されるのが「発信者情報開示請求」です。
この法的根拠は、「情報流通プラットフォーム対処法」(2025年4月施行法により「プロバイダ責任制限法」から名称が変更されました)にあります。同法は、事業者の責任を限定し、発信者情報開示請求権及びその要件を法定しています。2022年10月より、新たに「発信者情報開示命令」「提供命令」「消去禁止命令」という裁判所を利用した非公開手続が創設され、運用の中心となりつつあります。
発信者情報開示請求の手段としては、大きく以下の二つに整理できます。
⑴ 任意の開示請求(事業者への直接請求)
SNS事業者やプロバイダのもとに、請求者から直接、発信者情報(IPアドレス、電話番号など)の開示請求が届きます。事業者としては、法令に基づき、投稿者本人に意見照会を行い、意見を確認した上で、法定の要件に照らし、開示可否を判断します。投稿者が同意しない限り、この段階での任意開示は多くの場合困難です。
⑵ 裁判所を通じた開示手続
事業者に対し、裁判所から発信者情報開示の申立書(訴状)副本や期日の通知書が郵送されます。これに対しては、短い期間内に答弁書や証拠を提出する必要があるため、社内での迅速な対応が不可欠です。かつては仮処分手続や訴訟手続が利用されていましたが、現行法では「発信者情報開示命令」という手続が利用されることが多く、さらに「提供命令」の制度を利用して、コンテンツプロバイダ(CP)とアクセスプロバイダ(AP)が同時に手続に関与して一体的に審理・判断される枠組みが利用されることもあります。
事業者の実務的留意点は、意見照会対応の体制整備、「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン」等を踏まえたログ保存、そして各請求への対応状況の管理です。請求者が利害関係や悪意を有する可能性を念頭に置きつつ、法定の要件に即して、適法かつ慎重な対応を行うことが事業者に求められます。
このように、発信者情報開示請求は、事業者にとって利用者の権利保護と、権利侵害を受けたと主張する者との板挟みを迫られる複雑な対応領域です。特に裁判所手続では、短期間での対応が求められるため、社内体制の整備が重要です。次章では、実際の裁判所手続の流れや、対応時の具体的な留意点について解説します。
第2章以降は近日公開予定です。
開示請求対応の具体的なフローについては、当職の姉妹サイト「ネット誹謗中傷・風評対応サイト」の発信者情報開示請求対応をご参照ください。




